留学後のキャリアに悩む方に向け、仕事・働き方の選択肢を紹介するインタビューシリーズ「留学後のキャリアを考える」。
今回は都内の留学エージェントで4年務めた後ドイツに留学し、現在は現地でそろばん講師として働いている樋口さんに、留学を機に変わった自身の働き方、実際にドイツで感じた海外就職について聞いてみました。
海外での移住生活に興味のある方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
樋口 夕記(ひぐち ゆき)さん
大学在学中に休学し、2012年〜オーストラリアでワーキングホリデー。帰国後は都内の留学エージェントで留学カウンセラーや営業などを経験。
2018年に世界の教育を学ぶべくドイツでのワーキングホリデーへ。現在は子どもを相手にそろばん講師を務めている。趣味はフィルムカメラとヨガ。
[目次]
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海外就職、特に教育に携わろうと考えたときに、みなさんはどのような職業を頭に浮かべますか。
幼稚園の先生、中高生の教員、大学の講師、日本語講師など、一口に教育といっても対象となる子どもの年齢、教える内容などには様々な選択肢があります。
さらに海外では、現地家庭に泊まり子どもの世話などをしながら自身も語学などを学ぶオペアをはじめ、日本ではあまり馴染みのない選択肢もあり、より多様な選択肢の中から目的に沿う関わり方を選ぶ必要があります。
そんな数ある選択肢の中、樋口さんの選んだのはそろばん講師でした。
現在ドイツで子ども向けにそろばんを指導している樋口さんは、2018年にドイツへ渡航。そろばん講師を務めて3年目を迎えています。
はじめは日本人を相手に提供していた授業は、仕事への慣れ、語学力の向上によって、今では英語、ドイツ語と3ヶ国語で指導しているとのこと。
そして昨年の新型コロナウイルスの世界的な蔓延以降、オンラインでの授業提供を開始し、現在はドバイ、シンガポール、マレーシアをはじめ、ドイツ以外で暮らす子どもにも、そろばんに触れる機会を提供しています。
もともと海外の先進的な教育を学びたいとドイツへ渡航した樋口さん。
数ある教育への関わり方の中から、どうしてそろばん講師を選んだのか。話を伺うとそこには、留学エージェントに務めていた頃に感じた日本の教育の違和感、そして気ままに生活を楽しむ樋口さん、ドイツ人の仕事に対するスタンスがありました。
「数ヶ月、数年という期間をかけて子どもが成長する姿を見てみたい。」
ドイツで教育にかかわるきっかけになったのは、前職で経験した日本の中高校生の海外研修サポートでした。
大学時代にオーストラリアでのワーキングホリデーを経験した樋口さんは、大学卒業後に留学エージェントに就職。入社当初巡らせていた仕事で再びオーストラリアへ行こうという企みは、入社早々に言い渡された同社のフィリピン支社の立ち上げによって打ち砕かれたものの、海外と近い距離感で働き出すようになります。
小さな会社だったこともあり、仕事内容は多岐に渡り、退職するまでの4年の間に、留学生のサポートや、英語教材の営業、企業向けの英語研修の提供、フィリピン現地オフィスでの駐在まで経験されたそうです。
そんな樋口さんが教育に興味を持つようになったのは、日本の中高校生のフィリピン留学研修を担当することになってからのことでした。
プログラムの立案からコーディーネート、実際に留学中の現地サポートまで業務内容は依然として多く、実際に子どもたちがフィリピン留学に参加している間は、睡眠時間を2時間しか確保できなかったりと多忙を極めます。
研修中の中高生向けに開催したワークショップにて。当日はフィリピンで活躍する日本人を招いて、学生に途上国フィリピンでの社会貢献について考えてもらいました。
しかし、そんな忙しい日々を送る中でも、子どもたちが成長する姿が強く印象に残ったと話します。
「海外に出たことのない中高校生が、発展途上国のフィリピンで数週間籠もり、英語を勉強しながら、現地の生活や貧困問題に向き合う。
フィリピン到着当初は、日本と比べ生活環境が整っていないフィリピンに文句を垂れていた子どもも、数週間のプログラムを終え帰る頃には、『また来たい!』『もっと英語話せるようになってフィリピン人の先生と話したい!』と話すようになり、短い期間でも子どもは大きく成長すると実感したんです。」
一方で担当していた留学プログラムは数週間程度とかなり期間の短いもの。もっと長い期間子どもの成長を見てみたい気持ちが次第に芽生えたそうです。
樋口さんが教育に興味を持つようになった2018年頃、世間ではモンテッソーリ教育やシュタイナー教育をはじめ、日本の従来型の教育を見直し海外の教育を取り入れようとするオルタナティブスクール(※1)が注目を集めていました。
「教育には興味があったものの、日本で教員免許を取るという選択肢は考えてはおらず、まずは海外の優れた教育を知りたい気持ちがありました。」
もともと旅行や留学、また社会人になってからは仕事で海外に渡航することが頻繁にあり、躊躇はなかったと話す樋口さん。20代のうちに、もう一度海外で挑戦したい気持ちもあり、2018年11月、ヨーロッパの先進的な教育を知るためドイツに渡航しました。
※1:オルタナティブスクール...ヨーロッパやアメリカの思想を元に、子どもを個人として尊重し、自主性の発達を重視するオルタナティブ教育を取り入れ運営を行うスクール。
ワーキングホリデービザを取得しドイツへ渡った樋口さん。もともとオーストラリアでの滞在経験もあり、生活を始めたベルリンでは言葉にはあまり不自由はしなかったそうです。
「ドイツ国内ではもちろん、ヨーロッパにおいても有数の経済規模を誇る首都ベルリンは、ドイツ人に加え多くの外国人が暮らす環境です。
街ではドイツ語を聞く機会はあまり多くなく、英語を中心にスペイン語やイタリア語などの外国語が多く飛び交っていました。日常生活を送る上ではドイツ語が話せなくてもある程度の生活は送れます。」
生活面では問題なく生活を始められた樋口さんですが、生活に慣れ、いざ仕事を始めるとドイツ人の働き方に驚いたそうです。
「個人主義が根付くドイツでは、明確に個人の仕事範囲が決められています。仕事も基本的に定時で終わるので、残業というのはほとんどありません。休暇も取りやすく、少し怪我をしたり風邪程度の病気にかかったりすれば、すぐ1週間ほど休んだりします。日本ではガツガツと働いていただけに、当初はなんて労働者に優しい職場なんだと驚きました。」
働き手に優しい環境は大人の学びにもあると話します。ドイツでは大学の授業料が無料なため、多くのドイツ人が社会人になっても気軽に学び直しのために大学に通っています。
子育て終えてひと段落した人、定年退職して時間ができた人。仕事をやめて大学に入り直す人もいれば、日中は仕事をしながら夜は大学の勉強をする人もいるドイツの大学では、学ぶ時期、ペースは多様。
子どもへの教育はもちろんですが、大人も含めたドイツで提供されている、”いつでも、どんなペースでも学べる教育環境”に、教育を学びにドイツを訪れた樋口さんは一つ自身の目指す教育像を感じたそうです。
ドイツでの生活に慣れた樋口さんは、仕事探しを始めます。
教育には携わろうと考えていたものの、小中学校での仕事に就くには多くの場合、ドイツ国内の教育学部を卒業する必要があります。1年間の滞在しか許されていないワーキングホリデービザでの滞在では時間が足りないため、民間で求人を探します。
幸い教育系の求人を探すといくつか学習塾などの求人を見つけられましたが、日本の教育内容に合わせた指導を行うものが多く、心惹かれず職を決めかねていたそうです。
そんな中たまたま出てきたのが、そろばん教室の講師という求人でした。
もともと日本にいた頃から学校教育とは別の角度から、自分が価値あると感じた教育を実践したいという気持ちを持っていた樋口さん。そろばん教室は、まさにそういった実践の場のように感じたそうです。
「教育には興味を持っていたものの、外部の社会とのつながりを持ちづらい小中学校内の教育現場に飛び込もうという気持ちはありませんでした。
特にこれまで日本の教育の前提となっていた社会像もますます変化する中では、社会とつがなりつつ教育に関わる方が、子どものためにもなると考えました。そろばんは学校での教育というよりお稽古というニュアンスがあり、やや別角度から教育に携われると思ったんです。」
幸い応募時にはドイツ語の資格などは求められず、無事に採用が決定。授業もはじめはドイツに暮らす日本人の子どもを相手に教えることになりました。
実際に働き出すと、ドイツに来る前に抱いていたイメージとはやや異なるものの、子どもに寄り添って成長を見守るというやりたかったことをできている感覚が湧いてきたと話します。
あわせてそろばん教室ではマーケティングの仕事もしており、ドイツ国内外のそろばん教室とのコラボ企画など精力的に業務をこなします。
「ヨーロッパではそろばんはまだ十分には浸透しておらず、特に西ヨーロッパはそろばんにとってブルーオーシャンです。そんな状況の中で日本の文化としてそろばんを広められるのは面白かったんです。」
外の世界に接続を持ちつつ、子どもの教育に関わる。渡航前に考えていた2軸での働き方は、たまたま応募したそろばん教室の中で実現されていました。
樋口さんが2018年に渡航してから早3年(本インタビューは2021年9月に行いました)。はじめの1年ほどは現地の小中学校を見学するなど、順調に教育を学べている実感があったそうですが、2020年の世界的な新型コロナウイルスの蔓延により、教育を学ぶ機会は大きく減ってしまいます。
「正直辛かったです。2020年の春先から半年ほどはコロナの対応に追われて。少し落ち着いてふと振り返ったときに、何も進んでいないと落ち込んでいました。」
本当は日本から子どもをドイツへ連れてきて、フィールドワークなどを経験してもらうツアーを計画していたと話す樋口さん。
企画は新型コロナウイルスの蔓延から1年以上経った今でも実施できていませんが、それでも日本に帰国するという選択肢は出てこなかったそうです。
「そろばん教室での仕事は、やりたかった教育に携われている感覚がありましたし、ビジネスも外部との関わりの深まりやそろばんの広がりを感じられて楽しかったんです。
さすがに一生そろばんに関わろうとは思わないけれど、一度関わったならある程度やりたい。」
今の仕事との関わりは持ちつつ、他の形での教育との関わりを模索していく。自粛期間が続くドイツで、樋口さんは新しい道を探し出します。
自宅にいてもできることをしようと、オンラインで教育系のイベントに参加した樋口さんは、そこで一つ道を見つけます。
知り合ったのは、日本の地方教育を支援するプロジェクトの運営者。全国に寺子屋のような施設を作り、子どもの自主性を育てる活動をしていました。
「興味が近いこともあり、気づけばドイツにも活動を広げてプロジェクトに関わりませんかという話をいただいていました。『ぜひやりましょう!』と即答していましたね。」
寺子屋に通う子どもと交流する樋口さん
「ベルリンには多くの日本人が暮らしていますが、日本語教育を受けられる学校や教室は定員が限られており、実は日本語を学べない子供も多くいるんですね。
特に片親が日本人で、ドイツ社会では生活しつつも日本語も話せるようなってほしいと考える親御さんは多く、プロジェクトに参画してドイツの日本語教育を支援できるのではないかと考えました。」
プロジェクトが始まって間もない現在。まずは日本の子どもにオンラインでドイツの紹介や、ドイツにいる日本人との交流機会を提供しているそうです。
ビデオ通話で日本の子どもにドイツを紹介する樋口さん
ドイツへ来て日本語で仕事を始めた樋口さん。海外就職はイメージするほど硬いものではなく、ゆるくできるものだと話します。
「もともと教育に携われれば、末端の仕事でもこなそうと思ってドイツへ来ていました。具体的な目標はかっちりとは決めず、1年いてダメだったら帰国しようかなとかなりゆるい気持ちでい続けたからこそ、そろばんの求人が見つかったのかもしれません。」
ドイツに来てからから通い始めた語学学校は、3年経った今でも通い続けているそうです。もちろん就職をする上では語学力があった方が有利ですが、そろばんの仕事など、現地の言葉が話せなくてもできる仕事はたくさんあります。
語学学校の友人と映る樋口さん。現在も週2回、仕事終わりに授業を受けています。
日本語で仕事を始めた樋口さんも、気づけば今では英語、ドイツ語と3ヶ国語で指導をする日々を送っています。そしてオンラインでの授業提供をしてからは、ドイツ以外で暮らす子どもにも、そろばんに触れる機会を提供しています。
「別に住む場所なんてどこでもいいんです。ドイツで暮らす日本人を見ていると、理由さえ作ればいくらでも暮らしたい場所には留まり続けられるんだと心から思います。」
ドイツでの3年目をもうすぐ終える現在、樋口さんは来年の寺子屋開校に向けて準備をしている真っ最中。運営は今のところ樋口さん一人ですが、ドイツで暮らす日本人のお母さんたちと協力して準備を進めているそうです。
住む場所も使う言葉も、はじめからこだわる必要はない。実際に経験してみてよかったら、理由を作ってその場に留まり、言葉を教わればいい。日本の子どもの選択肢を増やすべく、樋口さんは今日もドイツからそろばん指導を行っています。
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