留学後のキャリアに悩む方に向け、仕事・働き方の選択肢を紹介するインタビューシリーズ「留学後のキャリアを考える」。
今回は広告代理店に就職した後、カナダやフランスでワーキングホリデーを経験し、現在はフリーランスのライター兼Webデザイナーとして働く長谷部さんです。
なぜ仕事を辞めて留学しようと思ったのか、退職して留学することに不安はなかったのかなど、詳しくお伺いしました。
留学中や帰国後の働き方のイメージがつかない、本当に退職して留学を選んでも良いのか不安な方は参考にしてみてください。
長谷部有紀(はせべ ゆき)さん
フリーランスのライター兼Webデザイナー。広告代理店で2年半ほど働いた後、カナダとフランスでワーキングホリデーを経験。留学中はオペアや農園での仕事を経験し、帰国後にフリーランスとして独立。現在はライターやWebデザインの仕事をこなしながら、自宅で農作業にも取り組む日々を過ごしている。
[目次]
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長谷部さんの最初の留学は、カナダでのワーキングホリデー。もともと学生時代に留学したい気持ちはあったものの、学業やサークル活動の忙しさからタイミングを逃していたそうです。
留学する前は、新卒で就職したフリーペーパーなどを制作する広告代理店の営業職として働く日々を過ごしていました。
就職した当時は20代前半ということもあり、特定のやりたいことや将来のイメージを明確に持っていた訳ではありません。
そのため就活では幅広く業界や企業を研究し、おもしろそうだと感じた会社に応募。もともと営業や企画などに興味を持っていたことから、広告代理店への入社を決意しました。
就職してからは数字が成績となる営業職ゆえに、契約を取るために10時から19時まで外回り。帰社後にオフィスで事務作業に取りかかるなど、業務に追われる日々を過ごしていました。
仕事内容は好きだったものの、売上など数字でしか評価されないこと、結婚・出産後に復帰した女性社員が少ないことに少しずつ違和感を抱き始めます。
「どの企業もそうだとは思いますが、営業は数字がすべて。新規契約を取っても金額が小さく、成績が昨年比を下回っていると評価はしてもらえません。
仕方ないとは思いつつ、何だかモヤモヤした気持ちを抱えていました。
加えて社内に結婚や出産を経て復帰する女性がほとんどおらず、何十年も働ける会社ではないと感じ始めました。
何よりも、実は入社の時点でいつか退職してワーキングホリデーに行こうと考えていたんです。本当はもう少し先のつもりでしたが、3年経つ前に退職してワーキングホリデーの準備を進めました。」
長谷部さんはもともとワーキングホリデーを決めていたこともあり、退職して留学することにそれほど不安は抱いていませんでした。
しかし良い大学に入って良い企業に入社するのが幸せという、ステレオタイプの進路や人生が良しとされる、社会そのものには違和感を抱いていたそうです。
「一般的な道が良しとされる中でも特に大学進学や就職を選ばなかった場合、落ちこぼれやアウトローのような扱いを受けることに疑問を感じていました。
というのも、小さい頃から祖父母に『女の子だから』『最近の若者は……』とよく言われており、発言にいつも違和感を抱いていたんです。その反動もあってか、高校進学時には周りが市内の学校を選ぶ中自分は市外の学校にするという、他の人とは異なる選択をしたことが何度かありました。
違和感を持ちながらも自分自身は周りとは違う選択をしても良い、自分の選んだ道を歩もうと考えていたことから、ワーキングホリデーに行くという決断に迷いはありませんでした。」
そして長期で滞在して英語力を伸ばしたい、アルバイトで資金を貯められそうという気持ちから、留学方法としてワーキングホリデーを選びます。
退職した後、長谷部さんは24歳でカナダに渡り、トロントとビクトリアで1年8ヶ月生活します。
もともと留学先をオーストラリアとカナダで悩んでいましたが、カナダの方がオーストラリアに比べると日本人の留学生が少なそう、かつアメリカや南米に旅行しやすそうな印象がありました。
その中でも最初にトロントを選んだのは、人種のモザイクといわれるほど文化や国籍など多様なところに興味を惹かれたからだそうです。実際にトロントに行くと人種や文化が共存しているだけでなく、お互いを認め合っていることが印象的だったと長谷部さんは語ります。
「トロントに限らずカナダでは、チャイナタウンやコリアンタウン、リトルイタリーなど、異なる文化が同じ街に共存しているのが当たり前です。
カナダの人は生まれたときから複数の人種や文化が混ざり合っている状態が普通なため、違って当たり前だよね、そういうものだよねという感覚。
異なる状態が普通という考え方を知って、一般的なレールから外れたら落ちこぼれとみなされる日本とは対照的だとも感じました。
さらに海外ではアジア人だからと何か言われることもありますが、カナダでは人種差別によって嫌な思いをすることがありませんでした。
さまざまな人種や文化を認め合う姿から、世界の国や人、文化は多様であることを強く実感しましたね。」
ワーキングホリデーでは就労が認められていることから、長谷部さんもトロントで靴を取り扱うECサイトの受注・発送管理者、ビクトリアで日本食レストランのウェイターとして働いていました。
ECサイトの仕事では上司やアシスタントはカナダ人、日本食レストランではオーナーがタイ人。現地のアルバイトでも多様性を感じる面があります。
このように異なる人種や文化が共存するのが普通というのは日本にない面であり、日本のネガティブな面にも通ずると長谷部さんは話します。
「日本はどこに行っても清潔で食事がおいしいです。この2つは海外のどの国よりも良い点です。
ただし、生活環境など物理的な面が十分で住みやすいからなのか、現状に満足して変える必要性を感じにくいのはもったいないと感じます。そのため多くの人が進学や就職のときに、決められた価値観やレールを疑わずに歩む傾向が強いです。
例えば高校を卒業したら良い大学に入って、次は就活で大企業への就職を目指し、入社したら同じ企業で働き続けるなどです。
加えて、既存の価値観やレールと異なる道を歩もうと試みても、周りの反対を受けることもあります。出る杭を打つというか、人と違った行動をすると良くないことのように捉えられ、チャレンジする人を抑えつける傾向すら感じます。
既存の価値観やレールとは異なる選択をする人が生きにくさを感じてしまうのは、日本のネガティブな面です。」
加えてカナダ滞在中、大企業という一般的に良しとされる道に対して持つイメージに日本と海外のギャップを感じました。
きっかけは、ビクトリアで仲良くなったAmazonで働くカナダ人の話を聞いたこと。
その友人と仕事の話をする中で、Amazonは世界的な企業だから仕事も大変なのではないかと聞きました。
すると友人からは、確かに世界的な企業だから成績が悪いとリストラされることもあり、生き残りたいなら頑張らないといけないものの、日本の大企業も同じではないかと返ってきたそうです。
長谷部さんは日本では、大企業で働いているという肩書きを得た後は任された業務をしっかりやり遂げていれば安泰、また会社に不満があっても転職はリスクが高いから避けるイメージを抱いていました。
海外でも既存のレールや価値観を押し付けないものの、大企業で働いているから安泰というイメージは同じと考えていたため、肩書きに対する考え方や意識の差に驚いたそうです。
「Amazonという世界的な大企業で働いている人が安泰とは考えておらず、むしろ自分から勉強したり提案したりしないとリストラされる可能性もあるから、謙虚に『もっと頑張らないと』と働いている。
レールから逸れる生き方、例えば海外で働くとしたら謙虚に努力をする人たちと戦わないといけない、だから自分自身にスキルが必要だと危機感を抱きました。」
ただし同時に、長谷部さんは海外の人にとって転職はポジティブな意味であることにも気付きます。
海外では大企業であっても常に努力し続けないといけないものの、個人のスキルはもちろん考えやアイディアを活かす場面がたくさんあります。
そのため人によってはスキルアップ、または自分のスキルに適した報酬を支払ってくれる企業で働くために転職を決意します。
その結果海外では人生で複数の企業で働く人もおり、長年同じ企業に勤め上げる日本とはキャリアの積み重ね方が対照的です。
長谷部さんはこの出会いを受けて大変ではあるものの、日本でもキャリアアップなど目的があれば、流動的なキャリアを積み重ねても良いのではと考え始めます。
長谷部さんはカナダから帰国後、しばらく派遣で貿易事務の仕事をしたりアルバイトを複数かけ持ちしたりする日々を過ごします。
その理由は、かねてから憧れていたフランスに行くと決意したから。
再び正社員になってお金を貯めることも考えましたが、貯金が目的ならば正社員である必要はないとアルバイトを選びます。
当時、長谷部さんは26歳。一般的には入社当初より裁量が広がり、仕事に打ち込む時期でもあります。周りが正社員として働く中で自分の意志を強く持ち続けられたのは、どうにでもなるという気持ちがあったからだと話します。
「当時のアルバイト先や派遣先には『いつでも戻ってきて良いよ』と言われていました。
正直に言うと戻る気持ちはありませんでしたが、その言葉によって万が一再就職が難しくてもなんとかなると思えたんです。
何よりも行きたいときに行かないと後悔すると考え、フランスへの留学を決断しました。」
長谷部さんはフランスでも留学方法として、ワーキングホリデーを選びました。
滞在中は自分の好奇心に従おうと、アルバイトをしたり語学学校に通ったり特に計画は立てず、気持ちの赴くままに楽しんでいたそうです。
アルバイトは小さい子どもの面倒を見るオペア、ラーメン屋、農家での収穫作業の3つを経験しました。
フランスで目の当たりにしたのは、日本と異なる休暇への考え方でした。
「フランスでは現地に住む日仏家庭にオペアとして滞在したのですが、その家族は夏になると1ヶ月の休みを取って日本に帰っていました。
フランスに限らず海外ではバカンスはみんなが取るもの、長期休みを取るのが当たり前という考え方があります。実際に1ヶ月の休暇を満喫する人を見て、日本とまったく違うと感じました。
その他にも、平日でも公園に行くと寝転がって本を読む人など、働いているのかな?どうやって生計を立てているんだろう?と思うような人もいて。
実はフランスは、失業保険の制度が充実しているんです。解雇などの理由に限られますが、4ヶ月以上働いていた人は最長2年まで失業保険が支給されます。
失業保険の支給が最大1年の日本とは異なり、仕事を辞めても2年ほどは何もしなくても暮らすことができる。
制度の違いもありますが、日々の生活や人生の中で仕事の割合が大きな日本とは、仕事や休暇への考え方が違うことに気付きました。」
長谷部さんはフランスでアルバイトの一種として、農家で働くことで滞在場所と食事を提供してもらえるWWOOFを使い、2回ほど農園に滞在していました。
2回目のWWOOFが終わると同時にワーキングホリデーのビザ期限も近付き、南フランスやスペインを旅行しようと考えていた長谷部さん。
しかしその頃新型コロナウイルスが蔓延し始め、フランスでも街がロックダウンとなりました。
長谷部さんは急きょAirbnbで借りた部屋に住み始めましたが、当時はコロナが蔓延して間もない頃で情報も少なく、誰もが今後どうなるのか分からない状態。
不慣れな生活環境で、外出はもちろん日本に帰れるのかすら分からず、不安を抱えながら過ごす日々が続きます。
しかしコロナによってもたらされた自粛生活は、これからの生き方や暮らし方を見直すタイミングにもなり、考えを巡らせる内に理想の生活像が定まったと長谷部さんは振り返ります。
「Airbnbの滞在先で過ごしていたとき、あのままWWOOFの滞在先である農園にいたら、何も変わらず生活できていたかもしれないと感じました。
敷地内ではオーナーや他の労働者以外に会うことはないゆえに、感染リスクは都会ほど高くなく、自分たちで野菜を育てているから食事にも困りません。
WWOOFの農園に留まっていれば、何ら変わりない生活を送っていたんだろうなと。
なおかつフランス滞在中から、少しだけWebライターの仕事を始めていました。
ネットを通した仕事での収入と農園で育てている食物があれば、何があっても生きていける。この環境が最強だと。
すぐには難しくても、ゆくゆくはこの生活をしたいという気持ちが芽生えた瞬間でした。」
カナダのワーキングホリデーで多様性、フランスのワーキングホリデーで仕事への価値観や理想の生活が固まった長谷部さんは、帰国後にフリーランスのライター兼Webデザイナーとなります。
加えて、WWOOFをきっかけに農業にも興味を持ち、現在は農業をしながら好きなことをして生活する半農半Xを実践されています。
「農業は地味な作業が多いものの、嫌いではありませんでした。仕事自体のペースもゆっくり。
作物が育たない時期は仕事をせずに旅行を楽しむ人もおり、スケジュールの自由さに魅力を感じたんです。
またもともと決まった時間に起きて通勤するという、ルーティーンのような働き方に苦手意識がありました。どこでも自由に働ける仕事が良いなと思い、フリーランスにたどり着きました。」
長谷部さんは帰国後にフリーランスのなり方を学ぶ講座に参加して独立し、2年が経ちます。
現在も半農半Xの暮らしを続けており、畑を無償で提供してくれる賃貸の古民家に住んでいます。特に関心があるのは環境を考慮したパーマカルチャー(※1)で、興味を持ったきっかけはフランスでのWWOOFでした。
「フランスで2件目に滞在したのがパーマカルチャー農家でした。そこで野菜やお肉をすべて循環させながら活用していたことが印象的だったんです。
さらには毎週土曜日に開催されるマルシェで、自分たちが育てた野菜や自作のパテ、さらにはハンドメイド作品などを販売している人もいました。
マルシェに来る人も同じ地域の村人で、みんな知り合い。村の中で経済がまわり、コミュニティ内で生活が完結していました。
自分たちで食物を用意し、生活圏内で仕事や経済がまわるのであれば、収入も大きな金額を追いかける必要はありません。
このようにコミュニティ内で循環する働き方や生き方が理想と感じ、帰国後も農業をしながら働く生活を実践し始めました。
いまは冬のため育てている野菜はありませんが、春になったら種を植えて、また農業に力を入れていく予定です。」
家賃がかからない上に好きな野菜を育てて食事に使うことができ、生活コストも大幅に下がっているそうです。
※パーマカルチャー…永続的な農業をベースに人と自然が共存する文化を築こうとするデザイン手法の一種。育てた野菜の生ゴミを堆肥に使用するなど、自給自足のように循環する形を指す。
2ヶ国での留学を経験した長谷部さんに、留学の価値をお伺いしました。
「生き方や働き方の多様性と選択の自由を知れることです。
海外は生き方や働き方について’’こうあるべき’’が少ないです。
さらに留学では日本での仕事や生活から離れて暮らす分、自分と向き合いやすくなります。自由度が高い環境ゆえに本当の気持ちや自分のやりたいことに気付き、好奇心に従いやすいです。
私はカナダで人種の多様性、フランスでは働き方や休暇への考え方の違いを実感したことで現在の生活がありますが、農業なんてこれまでの人生では思い浮かばなかった選択肢だと感じます。
特に半農半Xにたどり着いたのは、ワーキングホリデー中にパーマカルチャーといった生き方・働き方を目の当たりにしたからです。
留学は新しい選択肢を知ることができる上に、その選択肢が現地では普通の働き方・生き方だった場合、誰も咎めません。自分の気持ちに素直になり、楽しい生活に近付くことが最大の魅力です。
実際に正社員時代よりも、フリーランスとして働くだけの生活よりも、農業とフリーランスの仕事を両立している現在がいちばん楽しいです。」
最後に、長谷部さんの今後の展望をお伺いしました。
「基本的にはフランスでの過ごし方のように、そのときに興味があることに取り組もうと考えています。直近でいうと、自分がディレクターとして関わっているWebメディアで働きやすい環境作りに取り組みたいです。
根本に、多くの人が決まった価値観にとらわれずに生きていけるようになればという想いがあります。
例えば、日本では仕事などで心の病気を抱える人もいるかと思いますが、原因のひとつに窮屈な職場環境もあると考えています。
私がロールモデルとして自由な生活を実践すると同時に柔軟に働ける環境を作ることで、メディアに関わるライターさんは辛い思いをすることがなく、さらに働きやすくなるかもしれない。
そのように悪い方向に進んでしまう社会をどうにかしたい。自分ひとりで世の中を変えるのは難しいですが、身の回りから少しずつ変えることはできます。
自分が周りとの関係性の中で願望を反映していくことが、社会を変える第一歩なのかなと考えています。」
この記事を読んでいる人の中には、留学したいけれど再就職できるか不安、大人になってから留学なんて遅いのではと悩む人もいるかと思います。そのような不安を少しでも減らして留学にチャレンジするにはどうすれば良いのか、お伺いしました。
「無責任かもしれませんが、仕事が辛かったら辞めてもいいし、どうにでもなると伝えたいです。
特に年齢や経歴は気にすることありません。海外では30〜40代、むしろ50代で大学に通い直すなど、自分の好きなことにチャレンジしている人がたくさんいます。
海外に行くと人の数だけ意見があり、日本の当たり前や一般的な道、意見などが小さく見えます。日本での当たり前の道を客観視できるようになり、私が農業と出会ったようにこれまでとは異なる道も現れるかもしれません。
進む道に対する視野を広げるためにも、一度海外に出るのはおすすめです。
他人や周りを気にするのも大切ですが、まずは自分の気持ちを大切にしてみてください。」
自分自身のことは意外と見えていないもの。それは日本という環境も同じで、一歩外に出ると自分の生き方や働き方がアウトローになることもあるかもしれません。
最初の第一歩は大きな勇気が必要ですが、その一歩を見て周りに行動する人が増えれば、さらに大きなところが変化する可能性もあります。
まずは凝り固まった視野や考え方を強制的に広くする場所として海外は最適なのかも知れない、と感じたインタビューでした。
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